Lindau

ノーベル賞受賞者会議の思い出

2004年に,縁あってノーベル賞受賞者会議に参加させてもらった。当時は日本から2回目の派遣で,継続的に派遣されるかどうかも全く決まっていなかった時期であったが,どうやら継続的に派遣されることになった模様である。(日本学術振興会 リンダウ・ノーベル賞受賞者会議派遣事業参照)

そうなると,私の記憶を辿ってこの会議がどのようなものであったかを記すのも,もしかしたら誰かの役に立つかもしれない。そう思って,薄れつつある記憶を元に書き記すものである。

2004年の5月のある日,当時放射光施設の助手(今で言う助教)だった私に上司から連絡があった。"ノーベル賞受賞者会議というのが毎年ドイツで開催されている。今年は物理分野の受賞者を集めるらしい。日本から10人,若いのを派遣することになった。物構研から2名出す事になったが,物理分野でうちで一番若いのは若林君だ。だから,君に行って貰う。"というような感じで,一方的に何がなんだかわからないところに行くことが決まった。

渡航準備などは全部誰かがやってくれるから,言われた書類に記入して送り返せ,集合場所にパスポートと荷物を持って行け,位の指示があり,しばらくすると参加者名簿が送られてきて,どんな人が来るのか検索してみたりした。で,6月下旬に成田に集合した。

集まったのは,初めて顔を合わせる10名+学振から来た引率者。6人は学生で,どうやら私は10名の中で2番目に年上らしい。ということは,何とかしないといけないという事か。片っ端から話しかけ,どんな研究をしているとか,若手研究者の評価のされ方とかを話題に会話を続けた。素粒子実験の人たちは,百人規模の共著論文が山ほどあるので,論文数で評価されることは無く,内輪の研究会みたいなもので目立たないといけない,とかいう話も聞き,分野によって違う物だと感心した。

成田からフランクフルト,フランクフルトから乗り継いで別の小さな空港へ。ここで荷物と体が離れてしまったが,一応その日のうちにホテルに届いた。ホテルに着いたのは夕方だったが,なんせ夏至のころのドイツである。9時辺りまで明るい。初日はアメリカグループ主催のdinnerに混ぜてもらったと記憶している。そこで出合ったドイツ人の学生,Stefan Thielからは数年後に"お前の論文を見たぞ,いい仕事してるな,あの時のAmerican eveningで出合った人が活躍しているのを知って嬉しく思う"という連絡が来て驚いた。ちなみにThielも近年Scienceに論文を出しており,こちらからも同じような返事を出しておいた。

American evening

真ん中の髭面がThiel。

会議が始まると,午前中は受賞者の講演,午後は小さなグループに分かれてのdiscussion,終わった後も完全に明るいので,場合によってはドイツ人学生にガイドされたりしての周辺の観光。 学振の手配で,小柴先生,江崎先生との夕食会というのも開かれた。

Koshiba dinner

私が座ったテーブル側には江崎先生,もう一方のテーブルには小柴先生。

かなり"隙間の時間"があり,その機会にいろんな先生と写真を撮って回る人もかなり居たし,サインを貰っている人も多数見受けられた。

With Prof. Koshiba

休憩中の小柴先生。右側の女性は日本から一緒に派遣された10人の中の一人。当時博士課程の学生,その後PDになった所までは知っているが,今どうしているかはよく知らない。

当時は非常に英語が苦手だったので,色々な面で"勿体無かった"と思う一方,これを機にまじめに英語を勉強し始めたのも事実だ。また,ノーベル賞受賞者をまとめて10人見ると,変な話だが親しみもなんとなく湧くのが面白かった。彼らがなぜその分野の研究を始めたのか,というような話を聞くのも,(まだ比較的将来の自由度の高い)大学院生には非常に役に立ったことと思う。直接研究の役に立ったり,勉強になるというのとは違う,雰囲気を学ぶ感じであったが,機会があればなるべく多くの学生がこれを体験するべきだと思う。

ちなみにこれに参加した10人のうち,私も含め半分くらいは関東に居たため,2008年までは時折同窓会を開いていた。私が大阪に移った後,誰かが引き継ぐかはわからない。