2012年3月 京都大学 理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻 博士課程修了
2010年4月 日本学術振興会特別研究員採用
2012年4月 Elettra-Sincrotrone Trieste 博士研究員 (イタリア)
2014年4月 京都大学 原子炉実験所 助教 (のちに複合原子力科学研究所と改名)
2021年4月 東北大学 理学研究科 物理学専攻 准教授(現職)
原子・分子レベルでのミクロな構造やダイナミクスを観測し、それによって物性を理解することは、物質科学における重要な課題のひとつです。
私たちの究極の目標は、物質内部で起こる構造変化や動的ゆらぎを完全に理解するための、計測および解析手法の体系化です。
現在、その実現に向けて、ピコ秒からマイクロ秒という時間スケールでゆらぎを観測可能な、新しい原子ダイナミクス測定装置の開発に取り組んでいます。
この時間領域では、超イオン伝導体、ポリマー、液晶、ガラス、液体、ソフトマターといった多様な物質系において、マクロな物性や機能と深く関わる本質的な運動が生じています。
私たちは、こうした運動をミクロな視点から精密に計測し、シミュレーションやマクロ物性測定と組み合わせて解析することで、構造とダイナミクスに基づく物性・機能の本質的理解を目指しています。
さらに、そこで得られた知見を活用し、ミクロな構造や動的過程を自在に制御することで、材料の特性や機能を革新的に向上させることを目指しています。
研究室の実験装置
一軸引張試験機
動的粘弾性測定装置
誘電緩和分光装置(整備中)
偏光・位相差顕微鏡
広角X線回折系(時分割X線回折強度)
研究室の計算機
VT64 Server, Intel Xeon Platinum 9242 (2.3GHz,48Core) x 2
AMD EPYC 7573X (2.8GH,32Core)
NIMS
原子間力顕微鏡 ※当研究室の極低温測定オプションを持ち込んで測定可
SPring-8
BL35 時間領域干渉計法を用いた準弾性散乱測定系
BL35 NBM法を用いたガンマ線準弾性散乱測定系(new)
BL35 非弾性X線散乱
BL04B2 高エネルギーX線回折
BL19B2 小角X線散乱
J-PARC MLF
BL02 DNA ダイナミクス解析装置(非弾性・準弾性中性子散乱測定の一つ)
各手法がカバーする構造・ダイナミクスの時間・空間スケール
2025
<装置開発>
▶ ガンマ線準弾性散乱法の共用化開始(2025年4月~)
当研究グループが開発したガンマ線準弾性散乱法が、SPring-8にて一般共用化されました(現在のところ齋藤グループとの共同研究が必要)。これにより、超イオン伝導体・ポリマー・液晶・ガラス・液体・ソフトマターなどの系において、X線回折像とナノ秒ダイナミクスを同時に観測可能となりました。また、理化学研究所との共同研究(SACLA/SPring-8基盤開発プログラム)により、リアルタイムでデータ解析が可能なオンライン解析アプリも開発され、5PB/日の膨大なデータ処理を実験中で即時に行うことが可能となりました。
▶ 手法の一般化に向けた展開
第38回日本放射光学会年会・放射光科学合同シンポジウムでは、「SPring-8-II計画の進捗と展望」において企画講演(齋藤)を実施。今後の多様なユーザーへの展開方法について議論しました。 さらに多様な物質や研究者が原子・分子のダイナミクスを測定できるよう、手法の一般化をさらに推し進めています。
<物性研究>
▶ ガラスのJohari-Goldstein緩和の描像解明
ガラス物性において極めて重要であるにもかかわらず、50年にわたり正体不明だったJohari–Goldstein(JG)緩和の微視的メカニズムを明らかにしました。この緩和に対応する原子・分子の運動は、ナノ〜マイクロ秒という時間スケール・数オングストロームという空間スケールで生じるため、これまで観測が困難でした。我々は、世界で唯一この領域のダイナミクス観測を可能とするガンマ線準弾性散乱法を駆使し、さらに計算機シミュレーションを併用することで、モデルイオンガラス中における非跳躍的な協調運動を初めて可視化。JG緩和が応力緩和の起源となることを直接的に示しました。本成果は国際誌 Acta Materialia に掲載され、プレスリリース(日・英)も実施。複数メディアで取り上げられました。現在、この緩和機構の普遍性の検証と、機構を活用した材料創製に取り組んでいます。
論文情報
Discovery of collective nonjumping motions leading to Johari–Goldstein process of stress relaxation in model ionic glass
M. Saito, T. Araki, Y. Onodera, K. Ohara, M. Seto, Y. Yoda, Y. Wakabayashi
Acta Mater. 284, 120536 (2025)
2024
<装置開発>
▶ 新しいナノ秒ダイナミクス測定法「ガンマ線準弾性散乱法」を世界で初開発
いわゆる“ダークゾーン”とも呼ばれる、従来のX線や中性子では観測困難であった、ナノ秒スケールの原子・分子スケールの運動に対して、我々は新たにガンマ線準弾性散乱法を開発し、世界に先駆けてこの領域を照らすことに成功しました。この技術は、広帯域かつ高効率でナノ秒ダイナミクスを捉える新原理の分光法であり、SPring-8建設当初からの課題に対する大きなブレイクスルーとなります。2024年にプレスリリースを行い、9件のメディアで紹介されました。
論文情報
Broadband Quasielastic Scattering Spectroscopy Using a Multiline Frequency Comblike Spectrum in the Hard X-Ray Region
M. Saito et al.
Phys. Rev. Lett. 132, 256901 (2024)
<物性研究>
▶ ガラス物性を支配するJohari-Goldstein緩和の異方性を発見:産業材料の開発が加速
住友ゴム工業との共同研究により、延伸状態での分子運動を直接観測することに成功し、延伸されたゴム中でのJohari–Goldstein緩和に明確な異方性が存在することを発見しました。この成果は、ゴムの破壊メカニズムのさらなる理解やタイヤの性能設計への応用可能性の新機軸を示しており、産業材料開発の加速が期待されます。
論文情報
Microscopic Observation of the Anisotropy of the Johari−Goldstein‑β Process in Cross-Linked Polybutadiene on Stretching by Time-Domain Interferometry
R. Mashita, M. Saito, Y. Yoda, N. Nagasawa, et al.
ACS Macro Lett. 13, 847–852 (2024)
<プロジェクト開始 >
▶ 新たに2つの科研費プロジェクトが始動
・基盤研究B(代表)
「ガラスの力学特性を支配するJohari–Goldstein緩和過程の普遍的機構の解明」
→ ガラス構造中の協調緩和の一般的メカニズムを明らかにすることを目的とします。
・基盤研究B(分担)
「準弾性散乱・理論を併用したガラス構造中のLiイオンダイナミクスの解明」
→ 輸送特性の根幹をなすLiイオンの運動と構造との関係性を定量的に評価します。